Table of Contents
観光名所
滞在中に市内の名所を色々回ってみましたが、まず「グラバー邸」の紹介から。
グラバー邸
グラバーさんについての説明は以下の通りです。参考までに読んでもらえればと思います。
トーマス・ブレーク・グラバー(英: Thomas Blake Glover、1838年6月6日 – 1911年12月16日)はスコットランド出身の商人。武器商人として幕末の日本で活躍した。日本で商業鉄道が開始されるよりも前に蒸気機関車の試走を行い、長崎に西洋式ドックを建設し造船の街としての礎を築くなど日本の近代化に大きな役割を果たした。維新後も日本に留まり、高島炭鉱の経営を行った。造船・採炭・製茶貿易業を通して、日本の近代化に貢献。
1885年(明治18年)以後は三菱財閥の相談役としても活躍し、経営危機に陥ったスプリング・バレー・ブルワリーの再建参画を岩崎に勧めて後の麒麟麦酒(現・キリンホールディングス)の基礎を築いた。
出所: Wikipedia_トーマス・ブレーク・グラバー




明治時代の雰囲気が漂う邸宅でした。どうやら日本初の洋風の住宅みたいです。



あと、グラバー邸に行く途中には隠れキリシタン関連の世界遺産もあります。長崎は隠れキリシタンが多く住んでいた事でも有名です。


隠れキリシタンの関連施設は五島列島に多く現存しています。市内の港からフェリーが出ていて、約1時間半ぐらいで行けます。興味のある方は是非。
出島
幕末好きの人ならこの出島も行った方が良いでしょう。自分も興味があったので、訪ねてみました。
出島(でじま)は、1634年江戸幕府の外人流入防止政策の一環として長崎に築造された人工島。
1636年から1639年まで対ポルトガル貿易、1641年から1859年までオランダ東インド会社(AVOC、アムステルダムに本部のあるVereenigde Oostindische Compagnie)を通して対オランダ貿易が行われた。
鎖国によって閉ざされた日本にとって、出島は唯一欧米に開かれた窓であった。
出所: Wkipedia_出島
江戸時代、鎖国をしていた日本にとって唯一ヨーロッパと交流する事が出来た場所が出島でした。
当初はキリシタン普及を防止する為、ポルトガル人の人の隔離を目的として作られたみたいです。
その後、ポルトガル人の人達は国外追放となり、一時無人島になったのですが、キリスト教の布教の意思がなかったオランダ人と貿易を江戸幕府が許可したのがオランダとの貿易の始まりとか。



日本からは銅、金、あと醤油を輸出していたそうです。オランダからの主な輸入品は砂糖でした。製糖技術が未熟だった当時の日本にはとても貴重だったそうです。
あと、西洋料理やお菓子も伝わっていたそうで、代表的なものがカステラです。だから、長崎のカステラは名物なんですね。
亀山社中の跡地
他の名所として、坂本龍馬達が創設した「亀山社中」の跡地も長崎に来たら見た方が良いと思います。


写真撮影が不可の為、この記事では載せられないのですが、龍馬が書いた手紙や亀山社中のメンバーの説明の写真も飾られています。
風頭公園の途中にあるので、是非立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
風頭公園
4月には花見のスポットで有名な公園です。公園の一番上は、市内を一望出来る展望台みたいな場所もあります。
ちなみにこの記事のアイキャッチ画像は、その展望台から撮影しました。天気が良かったおかげで、見晴らしがとても良かったです。

亀山社中と併せて、立ち寄ってみると幕末を感じられて良いと思います。長崎に来たら是非来て欲しい場所の一つです。